• レジリエンス(折れない心・柔軟性)と自己効力感を高め、変化が激しい時代もしなやかに生き抜く

    防災士として取材していただきました

    ★放送日|「防災の日」の前日

    最初は、
    「身近なもので災害時に役立つもの…」
    というお話でしたが… 感染対策などを
    考慮して「防災士になったきっかけ、
    なぜ新聞紙などで防災グッズを作る
    ようになったのか」の内容に変更して
    くださいました。

    テレワークが難しい報道機関の方も
    エッセンシャルワーカーですね…。

    ◆質問していただいて、気づいたこと

    津波の襲来が迫っている情報を
    いくつも見聞きしていたのですが…。

    「まさか…」「自分は大丈夫」の
    正常性バイアスによって、目の前で
    見ているにも関わらず、「命を守る情報」
    として活かすことができないということを
    身をもって体験していました。

    (震災当日は勤務日ではなかったので、
    地震のあと、ラジオを聞きながら徒歩で
    学校に子どもを迎えに行きました。)


    1)震災の数カ月前、
    ボーイスカウトの隊長さんから
    「津波は川を逆流してくる。だから、
    津波避難のときは、川のそばを通っては
    いけない」などと教わっていました。

    定年退職後、ボーイスカウトの育成を
    されていた隊長さんは、教員時代に体験した
    三陸津波の話も定期的に教えてくれました。

    津波に流された教え子の子どもさんを
    泣き叫びながら助けようとしていたお母さんのお話なども…。


    隊長さんの津波体験の話を聞きながら、
    「大船渡でもそんなことがあったんだ…。」
    と思いながら、「そんな大きな津波を体験
    した人が目の前にいるんだから、私や子供が
    生きている間は大きな津波はこないはず…」
    ということも思っていたことを今でも覚えています。

    私自身も子供のころから、
    「三陸沿岸は30~40年周期で津波がくる
    地域」と、聞きながら育ってきていたのに、
    それでも「自分は津波に遭うことはないだろう」と思い込んでいたのです。

    2)「津波災害のときは、川の近くを通る
    と危険」だということを知っていたのに、
    川沿いを歩いていきました。
    (もしも、そのタイミングで津波が遡上してきていたとしたら…。
     実際、津波は私が歩いていた場所よりも山側(もっと奥)まで到達しました)


    3)川の水が、枯渇したかのように
    水がなくなっていたことに気づいていた
    のですが、大きな地震のせいで、川の水が
    地表に浸透してしまったのだろう…と、
    わけがわからない解釈をしていました。

    「津波がくる前に海や川の水が引く」という
    のは子供の頃か聞いて知っていたのに…。

    その川まで津波が到達したという話は聞いた
    ことがなかったですし「津波が来ても、国道
    45号や線路を超えてまではこない。だから、
    この川まで津波がくるはずがない」という
    思い込みによって「水が引いている」様子を
    見ても「危険」だと認識できなかったのだと思います。

    4)避難しているとき、地域の人たちは、
    どんな様子でしたか?と質問されて、
    「子どもたちの様子と、振り返って見た
    学校と町の様子」しか記憶にないことに
    気づかされました。

    思考がストップして視覚からの情報も限定的
    になっていたのか、強烈なことだけが記憶
    されていて、見ていたけど覚えていないだけなのか…。

    5)海が怖くなくなったのは、ここ2.3年

    「海側の道路を避ける」などを意識せずに
    過ごせるようになったのは、最近でした。

    何度も通っているうちに恐怖心が小さく
    なったというのもあると思いますし、
    「津波到達予想時間までに高台に
    避難できそう」というのが感覚的に
    わかってきたからだと思います。


    6)ラジオで「宮古市に数メートルの津波が
    到達。釜石の市街地にも…。」という情報を
    聞いていていたのに…
    しかも、海はつながっているのに…

    「うぁ~宮古市や釜石市は大変だ…これ以上
    大きな津波がこなければいいけど…」と
    人ごとのように思っていました。

    そのような情報を聞いていたのに、
    「大船渡は大丈夫」だと思い込んでいて
    危機感が全くありませんでした。

    ◆自分が話した内容についての違和感

    震源地に近い大船渡よりも、北に位置する
    宮古市や釜石市の方が津波到達が早かったのはなぜ?

    取材していただいた後もずっと考えていたのですが、
    以下のような理由からではないかと思います。


    ・大船渡の津波到達情報よりも、
    宮古市と釜石市の情報が届くのが早かった

    ・情報が届くのが遅かったのではなくて、
    リアス式海岸の地形の影響によって、実際に
    大船渡の津波到達が宮古市や釜石よりも遅かった。


    この辺は、三陸沿岸の市町村の
    津波到達時間を調べていけば、
    もっと正確なことが分かりそうな気がします。

    このような機会をいただいたおかげで、
    震災当日のことをじっくり振り返ることが
    できました。

    新聞紙で防災グッズ作り

    ◆新聞紙が防寒アイテムになる訳


    新聞紙でスリッパ作りと、暑い中、
    マフラーの体験もしてくださいました。  

    もしものときの防寒アイテムとして新聞紙が
    最適な素材だと思う理由は、新聞紙には
    空気がたくさん含まれているからです。


    これをお伝えしたとき、カメラマンさんが
    「プチプチと同じだね!」と
    「新聞紙が暖かい理由」を一言

    わかりやすく表現してくださいました。
    (これからは、この表現を使わせていただきます!)


    自分の感覚では、

    ➡光沢のあるチラシ紙などと比較して、
    新聞紙は表面がデコボコ

    ➡繊維が粗い

    ➡細かな隙間がたくさん

    ➡隙間に空気が含まれているはず

    ➡だから、新聞紙は暖かい…です。


    実際に、
    新聞紙とチラシを服の間に挟んで「カイロ」
    ひざ下に巻いて「レッグウォーマー」として
    試したことが何度かあるのですが…。

    新聞紙はじんわりと暖かさを感じてくるので
    すが、チラシはいつまでたっても暖かさを感
    じなかったのです。
    (チラシは光沢感があるツルツルした紙で試しました)

    ですが、これは主観的な感覚で説得力に欠けると思います。

    多くの方に伝えてくださった記者さんや
    カメラマンさん、スタッフの皆さんに
    ご迷惑が掛からないよう客観的事実で
    伝えられるデータがないか探してみたら、
    なんと、以下のようなサイトを見つけました(ありがたいことです)。

    紙の基礎講座(6-1) 知っておきたい紙の基本品質Ⅰ 紙の密度について – 紙の基礎講座 – 紙への道 (dtp-bbs.com)

    ◆新聞紙で、新たな夢も…

    気温が高い中での体験でしたので、新聞紙の
    暖かさが伝わりにくかったと思うのですが…

    それでも記者さんは「新聞紙マフラー、
    確かに あったかいですね」

    「(スリッパを手にはめるようにして持って
    いたとき)手袋にもなりそう」と、
    おっしゃってくださいました。

    そんな記者さんに
    「ワカサギ釣りで新聞紙の防寒具、
    試してみたら?」と、カメラマンさん。

    災害時や停電のときだけでなく、
    アウトドアレジャーのお供として普段から
    活用していただけたら、とてもうれしく思います。

    普段のくらしの延長に、
    有事(災害、停電など)がありますので…。


    テントも新聞紙で できますし♪

    (でも、防水対策はゴミ袋などで工夫できる
    かもしれませんが、風が吹いたら「三匹の
    こぶた」の一匹目の「藁のお家」のようになりそうですね…)


    「いつの日か、岩洞湖で新聞紙テントが
    見られる日がくるかも…」と、
    新たな夢も持たせていただきました!

    アコモンさん主催:新聞紙で安心空間作り(2019年)


    「取材してくださっている様子を
    撮らせていただいてもよいか」聞くことも
    忘れてしまうくらい緊張していたようです。
    写真を残すことができませんでした…。

    ■何よりもうれしかったこと


    夢をもらえたことも、体験しながら話を
    聴いてくださって、実感してもらえたことも
    ありがたかったのですが…。


    講座やワークショップで
    「新聞紙やビニール袋は、いろいろ役立つ」
    と理解してもらえても、実際の行動に
    むすびつけていただくことのむずかしさを
    痛感しております。

    ですから、その場で
    「早速、新聞紙を車に積んでおこう」と、
    すぐに実践していただけた
    のが
    とてもうれしかったです。

    放送内容を拝見して…

    ◆よく見つけてくださいました|過去の映像

    キャッセン大船渡さん主催のイベント(2018.1.17)

    「隣の人との距離を気にせず防災食を作り、
    その場で感想を言い合いながら試食する」

    今では考えられない状況に、たった数年前の
    ことなのに、かなり昔のことのような
    感じがして、とても懐かく思いましたし、
    うるうるしてしまいました。


    よく過去の映像を見つけてくださった…と
    感動しましたし、それ以外にも、
    「いつの間に撮っててくださっていたのか」
    と感心する映像もたくさんありました。


    また、そのときに防災イベントの機会を
    くださったキャッセン大船渡さんにも、
    参加してくださった方々、記録として
    この写真を撮っててくださった方、
    当時、取材してくだった皆さんにも
    改めて感謝したくなりました。

    キャッセン大船渡さん主催:防災イベント(2018.1.17)


    ◆放送後|防災仲間の方々からの反応

    気恥ずかしさに耐えられず、何度も瞼を閉じ
    そうになりましたが、県内の過去の災害や
    防災士についても丁寧に説明してくださっ
    て、そちらへ意識を向けてありがたく拝見
    させていただきました。

    放送後、防災仲間の方々からも連絡を
    いただき「事前に,皆さんにきちんと
    お伝えすべきだった」と猛省しております。


    「防災士」といっても、
    災害を防止できるわけでもありません。
    平時に、防災意識を高めてもらい、身を守る
    行動に結び付けてもらうような減災活動が主です。

    防災士を養成している市町村であれば、地域
    で他の組織などと連携して活動できるかと
    思いますが「資格は取ったけど、どのように
    活動していけばよいか…」とくすぶっている方も少なくありません。

    だからこそ、互いの活動を知ることで
    モチベーションや燃え尽き防止になる…と。
    (本業があるので防災士として活動すること
    ができないが、何かあれば力になりたいと
    思ってくださっている方も多いです)


    被災していない自分が「被災地」といわれる
    地元で話すことができたのも,、
    「防災士」というのがあったからです。

    大雨災害、コロナなど有事続きで、
    消えかかっていた火(気持ち)を良い感じに
    焚きつけていただいたような感じです。


    仕事に対する真摯な姿勢|取材の裏側を知り…


    おそらく私が見たのは、
    ほんの一部分のことだと思いますが…。

    事前準備、当日の撮影、撮影後の編集など…
    放送時間の何十倍もかけて制作されていると
    いうことを知り、ニュースの見方が変わりました。


    記者さんに
    「聴き続けて、お腹いっぱいのような感じに
    なりませんか?」と聞いてみましたら、

    「当時、学生で県外にいて津波も見ていない
    自分が、逆に震災ことを聴いてもよいのかと思います」と…。

    そんなことを思いながら取材してくださって
    いたということを知り、ジーンときました。
    (そんなこと思わなくてもいいのに…)

    大船渡の花火大会も取材にきてくださっていたそうです。
    遠方から何度も、ありがたいです…。

    このことも、テレビを見ていただけでは
    知ることができなかったことです。

    ◆一個人として…

    とてもありがたいお話、
    即答でお受けすべきところと思うのですが、
    いつも、ためらってしまいます。

    今回は、正直なところ、
    これまでで一番 迷いました。

    防災グッズ作りなどの内容ならまだしも、
    震災体験を地元で語ることに対して、
    すぐに自分にOKを出すことができなかったのです。

    「どうして、ためらうのか?」
    これまで、この気持ちに じっくり向き合った
    ことはありませんでしたが…

    場所や内容等を変更してくださった
    り、感染症対策をしながらも防災のことを
    伝えてくださろうとしている姿に、
    自分がためらう理由とあわせて、
    「何のために、防災活動してるんだっけ?」
    ということも、改めて考えさせられました。

    《自問してみて…》

    県内にも地元にも、まだ震災のことを思い出
    したくない人がたくさんいらっしゃる。

    それを知っていながら、被害を受けていない
    自分が、「被災地」といわれる地元で震災の
    ことを語っても良いのか…。

    自分は、不自由な仮設住宅の暮らしも していない。

    「あの震災があったから、今の自分がある」
    と思うのは私だけではない。

    「被災していない、助かってしまった申し訳
    なさ(サバイバーズ・ギルド)」から、地域
    の被災された方と顔を合わすことも心苦しく
    思っていたことなど…、

    震災当時からのことが一気に思い出され、
    「世間(特に地元)に、顔向けできない」と
    いう気持ちに、たどりつきました。

    ですが、防災・減災、津波災害、身近な物が
    もしもの時に役立つこと、大船渡のことなど
    …私一人では伝えられないことをテレビを
    通して発信していただけるのですから、
    こんなにありがたいことはありません。


    電話越しでも伝わる記者さんの仕事に対する
    真摯な姿勢と熱量に、奮い立たせていただいたという感じでした。

    諦めつつあった減災対策についても、
    改めて考え、向き合う勇気もいただきました。

    ◆防災士として…

    報道機関の方は、
    有事には「避難」ではなく、
    逆に災害現場へ向かうお仕事。

    現場でのお仕事も大変だと思いますが、
    そのようなときにご家族と一緒にいられない
    ことなど、私には想像もできない葛藤なども
    たくさんあるのではないかと思います。

    被災した方に話を聴いたり、カメラを向ける
    こともためらうこともあるかと思います。

    ときには、やり場のない思いを向けられる
    こともあるかもしれませんね…。


    でも、伝えてくれる方がいるおかげで、
    行くことができない被災地の状況を知り、
    この場にいながらできることはないかと、
    一個人としても、防災士としても
    心を動かされます。

    自然の驚異を前にして、
    人間は無力だと思わされることが
    年々、多くなってきます。

    だからこそ平時に防災・減災活動して
    おかなければと、ニュースを見るたびに
    心を立て直してもらっています。

    恐らく多くの防災士もそうだと思いますし、
    それを見ていた方の中からまた、
    「地域の防災活動にかかわろう」と思われる
    人が増えたり、そのようにして防災・減災の
    輪が広がっているのではないかと思います。

    実際、県内の防災士は年々増えております。

    大変な思いをしながらも、取材して、伝えて
    くださる報道機関の皆さんのおかげです。

    たくさんの気づきと学びをありがとうございました


    災害や有事の取材では、
    心身への負担が大きいかと思います。

    そんなときにも、
    車に携帯してくださった新聞紙が役立つかと思います。


    たとえば、屋外の取材などで寒いとき、
    使い方を説明していただきながら渡されると
    受け取った方も助かるはずです。

    取材する記者さんたちの心苦しさも
    少しでも軽くなってもらえたら…と思います。

    雪道渋滞に巻き込まれたときなどの、
    車内での防寒具にもなりますので…。



    災害時のストレスケアをしながら、
    これからも視聴者が行けない場所や
    知らなかった情報などを教えていただけたらありがたいです。

    貴重な機会をくださったことに
    心から感謝いたします。

    Jチャンいわて(岩手朝日テレビ)さん、
    本当にありがとうございました。


    ▼ジャーナリスト向けの惨事ストレスマニュアル
    http://human.tsukuba.ac.jp/~ymatsui/disaster_manual3.html