• レジリエンス(折れない心・柔軟性)と自己効力感を高め、変化が激しい時代もしなやかに生き抜く

    ◆終活とは…

    ここでの「終活」は、
    人生の最後をどのように迎えるか、
    旅立ったあとのことなどを事前に
    まとめたり、様々な準備や整理を行うことを意味しています。

    「安心を増やすお手伝い」の活動のひとつに、
    今年度から、終活アドバイザーの活動も加えました。

    何度か、自分が見送る側の立場になり、
    その必要性を感じていたからです。

    また、暮らしの中のことであっても、
    災害時(非常時)の心理、行動と共通する点があったからです。

    ◆「まさか」のときの人間の心理と行動


    普段と違う非常時、
    8割の人が「思考停止(フリーズ)」するといわれています。
     


    ある日突然、見送る側になった人は、
    冷静に判断ができないような心理状態の中で、
    延命治療、葬儀のことなど、選択と重い決断を
    しなければならない状況に置かれます。 

    ◆旅立つ人、見送る人のそれぞれの思い


    例えば…
    ずっと身近で看病してきた人、
    遠くに住んでいて、普段、力になりたくても思うようにできなかった立場の人。

    その時に至るまでの環境も
    その時の状況も異なるので当たり前なのですが、
    旅立った人への思いや後悔、気持ちの整理に
    要する時間など、同じ兄弟や親類でも
    こんなに考え方が異なるんだ…と、考えさせられたことがあります。
     

    他人であれば、お互い遠慮をしたり、
    相手を思いやる気持ちの余裕もあるのかもしれませんが…。
    兄弟や親類など近いからこそ、
    遠慮なくお互いの気持ちをぶつけあってしまうのだろうな…と。

    旅立った人が親だったら、
    「いつもの兄弟ゲンカがはじまった」と、思えるのかもしれませんが…。
     

    例えば、新聞のお悔やみ欄。
    同じ兄弟、親類でも
    「身内だけでひっそりと送りたい」という考えの人もいれば、
    「お世話になった人たちに、もれなく伝えるためにも掲載した方がいい」という考えの人も…。

    「旅立つ人のために、できる最後のことだから…」と、
    それぞれみんなが思うからこそだと思うのですが、
    それを見ていて感じたのは、結局、
    「言いたい人は、何をしても言いたい」のではないか…と。

    「言いたい」というよりは、
    悲しみや やり場のない思いをぶつけているのではないかと感じたのです。
     
    それで、みんながスッキリするなら良いのかもしれませんが…。
    そのような展開になることは、
    むすかしそうだと感じることが多かったです。

    もしも、自分が旅立つ立場でそれを見ていたら、
    「事前に、エンディングノートなどで遺志を伝えていたら…」と、
    後悔するのではないかと思わされることが多々ありました。


    また、見送る側にとっても、
    「自分達はこうしたいけど、本人はどれを望むだろうか…」と悩み、
    見送ったあとも「あれで良かったのだろうか…」と、迷い続けることが多いようです。

    ・近い立場で、見送った者として…

    しっかり者で頼れる従妹は、私よりも年下なのに姉のような存在でした。
    闘病しながら、自分の葬儀の手配までしていきました。

    残していく子どもや家族のことなど、
    病院のベッドで ひとり、どんな思いで準備してきたのか…。

    従妹を見送るときに上記のことを知った私、
    自分の至らなさと何もしてやれなかった後悔で、
    これを書きながら、今も こみあげてくるものがあります。
     

    ◆終活をおススメする理由

    大切な人を失った悲しみ、
    喪失感に加えて、見送る側にとっても、
    「もっと何かしてあげられたのでは」という後悔は尽きません。

    周囲の人から、
    「きっと、その選択をしてくれて
    良かったと天国で思っていると思うよ」
    と慰められても、そう思えるようになるには時間がかかるような気がします。


    たとえば、
    見送る側の人達の意見がぶつかったとき、
    エンディングノートなどで遺志を伝えられていたら、
    「本人が望んでいたことだから…」と
    みんなの気持ちの折り合いを手助けすることができます。
     
    また、迷い、悔いる人にとっても
    「本人が最後に 望んでいたカタチで見送ることができた」
    「最後の最後に、できる限りのことをすることができた」
    と言い聞かせ、自分を納得させることができます。


    本人の遺志だからこそ、
    受け入れることが出来ると思うのです。

    遺志によって、見送る立場の人達の様々な思いを癒すこともできます。
    それは、見送られる人にしかできないことです。

    事前に自分の遺志をまとめておくことは、
    旅立つ人の安心感と、見送る人達の悲観を和らげ、心の回復を支えることができるのです。



    自分のエンディングは、
    ワクワク楽しい未来を考えることではないかもしれません。

    ですが、人生を振り返り、
    これから先の人生を後悔がないように
    どのように過ごしていくためのきっかけにもなります。

    おひとりでしんどいときには、一緒に考えさせていただければと思っております。
    終活によって、ご自分とご家族、周囲の人の安心が増えますように…🍀